小鈴日記

こんなこと書いてたんだなぁ…

なぜセラピストになったのか 続

はい、今回は続編ということで

きっかけの2つめとなる

セラピストの仕事に惹かれた理由

についてお伝えします ^ - ^


まずその前に

リラクゼーションとは何か。


具体的には

リラックス、気晴らし、緊張の緩和

などが挙げられます。


◾︎なんとなく“遊び” “娯楽”

◾︎食べる、寝る、働く、学ぶ等ほど必要度は高くない

◾︎あれば良いかもしれないけれど

別になくても人生で困らないもの

◾︎お金と時間に余裕のある人が利用する


うーん、ちょっとした贅沢なイメージ

でしょうか ^ - ^

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考えてみると私達は日々のストレスなどにより、知らず知らずのうちに影響を受けています。


時に、たまったストレスは引き金となり

本来のその人らしさを発揮することに

ブレーキをかけてしまうことも…。


ストレス=悪者というわけではないのですが

とかく現代は様々なストレスに押しつぶされて

カラダとココロが苦しくなりがち。

なぜでしょう?


先人の努力による発明、文化や技術の発展で

不可能が可能になったのは確かです。


便利になったはずの世の中は


夜と昼の境がなくなる

季節感のない食物

更なる豊かさを求めての多忙など


自然にありのままに生活することから、

かけ離れつつあるのも事実でしょう。


だからこそ、

休む間もなく気づけば消耗しきって

ヘトヘトになるまで燃え尽きてしまったり


それでもまだ満たされず

何かに溺れて依存したり

無気力・自暴自棄になったり。


この物足りなさって、一体…~_~;


セラピストは、クライアントの

そんな疲れた心身を解放するのも

仕事のひとつだと私は考えます。


生きとし生けるものが

生存繁栄のために繰り返してきた

食事を摂る、睡眠をとる等という習慣。


これら最低限の欲求を満たすだけでなく


カラダとココロをいたわる

自分自身を大切にする


これも決して贅沢なことではなく

幸せで充実した人生を送るには

あっても充分かまわない心掛け

ではないでしょうか。


そう感じるようになってから私は、

他人のココロとカラダを楽にすることで、社会から必要とされる存在になりたい

と考えるようになりました。


これが、今日お伝えしたかった

私がセラピストになった理由、2つめ

です。


気がついたらたったの3ヶ月でお店で1番の指名セラピストになっていたのですが


そこに至ったのは

「結果のための努力ではなく、あくまで『喜び』を求めていただけ」

であって


私のタッチで人が楽になる

それこそが自分の喜び

さらには、ありがとうと感謝される

自他尊重でお互いに幸せになる


達成感→自信→意欲につながる

絵に描いたようなまさに好循環でした。


もはやそこには、

いくら結果を出してもまだまだ足りないという渇望感はありません。

穏やかな向上心と感謝の気持ちでいっぱいです。


他の誰かより上をいく

ライバルとの勝ち負け

自尊他蔑のゲームではなく


より高い技術で人のカラダとココロを楽にするために学びたい


そんな気持ちがこんこん湧き出る今日この頃です。

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たった一晩で街を真っ白に覆った雪も

あっという間に解けてしまいました。

天候による交通の停滞、大変なものでしたね。

あらためて日頃の恩恵、ありがたみを感じました。

ちょうど勉強していた気・血・水の流れが思わず浮かんでしまった私ですが

カラダもココロもスムーズに、なめらかに動いていきたいものです。


さて次回は、不器用で飽きっぽく

人間関係の悩みが尽きない私が

なぜセラピストとして仕事に就けたのか


今の仕事を選んだ理由その3に続きます

どうぞお楽しみに (^-^)/